汚された猫は虎となって生きてゆく

若松孝二監督、足立正生脚本『情事の履歴書』をDVDで観る。なんと切通理作による若松&足立インタビューも収録*1
黒澤明羅生門』のような、証言の食い違いをめぐる警察の取調室での回想モノなのだが、紛れもない傑作だ。冒頭こそ、昼メロ調のケレンの強い演出に感じるものの、結末に向かうにつれて、女のあからさまな情念が内にこもってゆく過程が素晴らしい。それはまさしく「猫から虎へ」の内的変化なのである。
男たちに汚され続ける女は、一面の銀世界で裸体を浄化しようとも純朴な青年の愛に接しようとも、決して汚れを拭うことができない。身を売られた女郎屋でやくざな男たちに虐待される時の「チキンライス、カレーライス」の悪夢の合唱が、彼女の内面では常に鳴り響いているのだ。
容疑の晴れた彼女が映画の結末近くでチキンライスを素朴に好んでいるというのが分かる時、汚され続けてきた女=虎が、実は一貫して汚れなき猫であったということに気づかされる。
そう…これは『女囚さそり』のような映画なのだ。田舎であろうと都会であろうと男たちに汚され続ける女の反権力闘争なのだ。学生闘争を日和った男を振り切った後で都会の雑踏へと消えてゆく彼女の背景には、電光掲示板が「新安保」の文字を流していたが、彼女はそれに注意すら向けない。向かい合うべき闘争の場は、彼女にとって生きていくことの中にあるに違いないのだから。

*1:このインタビューの続きはDVD『女学生ゲリラ』と『荒野のダッチワイフ』に収録されている