映画の欺瞞

バイトから帰ってきたところ。仕事からあがる前にワイドショーを観ていたら、アカデミー賞と共にラジー賞ことゴールデン・ラズベリー賞の話題にも触れていた。その中で、8mmフィルムの上にラズベリーをあつらえたトロフィーを受け取りに来た人は過去2人だと紹介していて、おそらくひとりはポール・ヴァーホーヴェンだと想像できたけど、もうひとりが気になったので調べてみると主演男優賞のビル・コスビーだった。トロフィーの安さにはちょっと驚いた。
http://ayano14.hp.infoseek.co.jp/academy_raspberry.html
井筒監督の見当はずれの批判でさえTV的な見せ物として消費されてしまう我が国では、こういった素晴らしい試みは困難だろう。大資本で制作された映画の背後にはTV業界やら広告業界の利権があり、メディアの批評性などその権力のコントロール下のお遊びにすぎないのだから。そういう環境においては、あえて大資本を使っておバカな映画を作ってやろうとするヴァーホーヴェン的な批評精神もありえないのだ。
稲葉振一郎著『経済学という教養』*1をバイト中に読んでいたら、冒頭でソーカルらの「サイエンス・ウォーズ」に触れていて、ヴァーホーヴェンラジー賞狙いというのは、たぶんソーカルが暴いた「ポストモダンという知の欺瞞」に近いのではないかと思ったが、真面目なソーカルに比べると、ヴァーホーヴェンの軽やかさの方が共感できるし、戦略としても巧いんじゃないかと思った。もっとも、『インビジブル』には勢いの衰えを感じてしまったが…。

*1:さっきは不覚にもタイトルを間違えてしまっていた。