歌舞伎町で『花と蛇』を観た

最近UFOキャッチャーに犬福が導入されているのを見つけて、見かけるたびに一体ずつ捕獲しているのだが、今日コマ劇前のゲーセンに入ったら案の定導入されていたので300円使って一体捕獲した。犬福クイズゲームといえば、たぶんぼくが高校生ぐらいの時にすでにやっていた記憶がある。子育てクイズ「マイエンジェル」シリーズと同じぐらいかそれよりちょっと前だったか…。池袋のGIGOにも未だ片隅に生き残っているほどだからよっぽど人気なのかと訝っていたら、最近のぬいぐるみ登場でぼくとしては感激だった。
捕獲した兵隊型の犬福を抱えて雨の中、新宿トーアへ。杉本彩主演『花と蛇』を観る。
広く見渡しの利く和室にあるベットの上に息も絶え絶えの老人が仰向けの姿勢で、ちょっと遠めに据え置かれた巨大モニターを凝視している。接写された皮膚は皺だらけで、まともに眼も開いてないのだが、眼球だけは鋭く、そのモニターに映る女の、これまた接写された眼を見つめている。少し遠めのショットでその老人が石橋蓮司だと分かったところで、傍らに佇む黒服の遠藤賢一に向かって言葉にならない言葉を発する。それを察する黒服。場面はモニターに映った女のダンスに移ろい、激しくアルゼンチンタンゴを踊る杉本彩が登場する。しかし、唐突に服を剥かれて全裸で暗闇の中横たわる。無防備な姿でそのまま身動きのとれない女の足元に一匹の蛇(ニシキヘビか?)がするすると現れ、女の股間をはい上がって顔の方へと身を寄せる。怯えた表情の女が口を開けた時、なんのためらいもなく蛇は女の口へと入ってゆく。そこでタイトル『花と蛇』。
高いテンションで始まる新『花と蛇』にぼくは期待を寄せた。ぼく自身は谷ナオミの大ファンなので、この映画にどんな見所があるか複雑な気分だったけれど、どうやらまったく違う映画となることだけは冒頭の数カットだけでも予見できた。しかし、それは同時に団鬼六の不在も表していたように思えた。冒頭を観ただけで感じられるのは、石井隆という刻印だった。といっても、ぼくはそれほどに石井隆の映画を観たわけじゃないし、彼の劇画なんぞまったく見たことがない。だから、より正しく言えば、日活ロマンポルノ的なもの、谷ナオミ的なもの、団鬼六的なもの…などから遠い映画だということだ。
前半は人間ドラマで見せている。仕事人間で現実感の乏しい生活を送っている大会社の若社長=野村宏伸、その夫人で世界的なダンサー=杉本彩は、お互いに過密なスケジュールをこなしていて、夫婦愛と呼べそうなものは感じられない希薄な関係である。夫はかつてクビにした部下に恨まれ、不正取引をネタに遠藤賢一らに強請られる。10億円か妻=杉本彩かと迫られた彼は、結局妻を貸すことを決意するのだが、この辺りはロマンポルノ・ヴァージョンとまったく違っている。おそらくデジタル撮影であろう全体的に暗い色調がシリアス・ドラマと調和して、ロマンポルノの、特に『花と蛇』のフィルムの色鮮やかさと対極をなしている。
後半はエロ一直線である。ほぼ監禁状態の杉本彩はありとあらゆる陵辱の雪崩にただひたすら攻められ続ける。裸にされ、利尿剤を飲まされた挙げ句、象の鼻の仮面を付けた男2人に前後から2つの穴を攻められ、秘密クラブの会員が見つめるなかで放尿する。あるいは花魁&緊縛ショーに加えて、全裸で逆さ吊りにされたままの水攻め、十字架への磔。しかし、やっぱりというか、杉本彩の痩せた肉体に緊縛は映えない。それにもともとラテン系だと本人も常々公言しているように、肌の露出やダンスによる官能的な動きがイメージ化されてしまっている彼女が脱いだり縛られたりしたところで、そこに大きな落差は立ち現れないのだ。ただし、監禁され秘密クラブの怪しげな眼にさらされたときに過剰なまでに恥じらう「倒錯」が官能的でないわけではなく、谷ナオミの場合とは違ったエロチシズムが楽しめるとも言える。
もっとも、意図としては「本気のSM」を描くことが中心となっていて、団鬼六文学のようにSMをめぐる人間(男)たちを描こうとはしていない。その点もぼくの好みと違っていた。例えば、廣木隆一が監督した『不貞の季節』はそういう映画として良くできていて、小沼勝の中でもあまりできのよくない『花と蛇』と同じ団鬼六原作としては、かなり高い水準にあると思われる。石井隆はロマンポルノで言えば、『天使のはらわた』などに絡んでいることもあって、やはり本気の「性」に迫ろうとする作家なのだろう。
ぼくが個人的に好きだったのは、杉本彩を守る女ボディーガードを演じた未向*1という女優であり、前半は黒服から杉本彩を守る場面で激しい格闘アクションを見せたりもするのだが、汚い手におちて彼女も陵辱されることとなるだろう。気の強さと、杉本彩とは対極的になる割りとしっかりした肉付きの裸体が暴かれ、緊縛師にオモチャ攻めに遭う場面の官能的なこと。彼女には大きな落差があった。それゆえに簡単に殺されてしまうところはもったいなかった。
ラストで「蛇」となる石橋蓮司の芝居も素晴らしく、95歳の老人を演じ、ある種の男たちにとって理想的な死を実現してみる様に、もしかしたら映画館にやって来た年輩の人々は感情移入しているのかもしれない。仮面生活の重層性みたいな物語展開は、小沼勝のロマンポルノ『時には娼婦のように』をちょっと臭わせるけど、野村宏伸杉本彩の関係と、なかにし礼鹿沼えりの関係よりも薄っぺらくてドラマとしても中途半端な感じだった。いや、やっていることは本気のドラマなのだけれど、ぼくたちが享受する文脈と出演者たちと石井隆や企画者の意図がそれぞれバラバラになってしまっているようで、それゆえに、薄っぺらな印象をぼくが抱いてしまうのかもしれない。少なくともSMシーンのある場面などはとても官能的で、杉本彩の挑戦に感動してしまうこともあるのだから。

*1:「みさき」と読む。Vシネ『くノ一・忍法帖〜魔物の館〜』で静役を演じて女優業を本格的にスタートさせたとか。