にわか雨バンド

シネセゾン渋谷にて。
長回し、学校、雨、少女……という符丁に『台風クラブ』を思わずにはいられないが、実際の感触は相米慎二とは遠いところにある。ラストの土砂降り雨は台風ではなく、にわか雨だった。ブルーハーツコピーバンドがコピーしたのは無意味で不定型な青春という塊そのものだった。
この映画は空間と時間の間合いを絶妙に介在させる。それは冒頭から見て取れる。ある高校の文化祭。どうやらその紹介ビデオの撮影らしい。みすぼらしいビデオ映像の中にぱっとしない少女がふてぶてしく青臭い台詞を発する。カッーツ! とりあえずカメラを止めた2人の男子高校生がぐだぐだな感じで決めかねていると、少女がもう行かなきゃいけないんだけどと言って、ひとりがあわててもうひとりはまあこれでいけんだけどねと言い、少女は別にもう一回やってもいいよと反応し、またぐだぐだになりはじめる少年たちは結局じゃあ最後の一言だけもう一回と言ってカメラを回し始める。3人の微妙な関係が距離と会話の間合い、動きで的確に表現されている。
その後、この物語の中心となる少女たちが次々と画面に現れ、後にバンドを結成することとなる4人が最初に邂逅する場面。時は文化祭前夜。3日間続く文化祭の最終日でオリジナルバンドをやることになっていた5人の少女。そのうちひとりが体育の時間に指を怪我したためにギターを弾けなくり、それをきっかにして2人の少女が喧嘩する。残ったメンバーは3人。バンドをやめるかどうかという決断を前に負けず嫌いの恵(香椎由宇)がやることを強引に決める。半ば傍観者の響子(前田亜季)と望(関根史織)を交えて3日間でコピーできるものを選曲。ブルーハーツ。ボーカルがいない。喧嘩別れした凛子(三村恭代)に頼もうとする響子と望をよそに、恵は強硬な態度を崩さない。偶然の成り行きでちょうど通りかかった留学生のソン(ペ・ドゥナ)にボーカルを打診する。この場面が絶妙。遠景に映り込んだペ・ドゥナ。大声で呼びかける香椎由宇。意味も分からず「ハイ」と答えるペ・ドゥナ。この距離感と間合い。効果的な長回しがそれらを支えて笑いをもたらす。こういった仕掛けが随所にある。青春映画的に過剰に盛り上がるわけでもないこの少女映画を駆動するのは、そういった距離と間合いの仕掛けなのだ。
時には留学生ソンの言葉を用いて、距離と間合いを仕掛け、時には少女と男のいかにも高校生的なエピソードによって、距離と間合いを仕掛ける。そのような完璧なテンポが通底しつつも、ところどころで山下敦弘は「外し」もやっている。深夜の学校。バンド練習中のふとした隙間。ソンはひとり真夜中の学校を徘徊し、体育館にたどり着く。まるで予行演習をやるかのようにメンバー紹介を行い、歌い始めるが、ふっと何かに気づいたかのように歌を止め、メンバーのもとへ戻ってゆく。何の気遣いもないメンバーの様子にそっと笑顔を見せるペ・ドゥナ。それは突然訪れた闇=孤独だったのかもしれない。似たようなシーンは他にもある。連日の徹夜で疲れ果て、顔を洗おうとトイレに向かった恵。その後に続いてソンも来る。トイレの鏡越しに2人が並ぶ。疲れ果てた顔だ。(疲れさせるだけでなく、後の場面では少女たちをびしょ濡れにさせる!)この場面では逆にペ・ドゥナの言葉(この時は韓国語だが意味が通じる)が香椎由宇を笑顔にさせる。通底するテンポにこういった隙間を入れる憎らしさ。また、シュールな夢の場面もうまい。
なんといっても最高なのは、ラスト直前。ブルーハーツを熱唱する前のメンバーの視線だろう。ここまでの関係性を距離と間合いで仕掛けた果てにあの視線のやり取りが結晶した。文句のない青春映画の傑作だった。