声も音も濡れた

池袋新文芸座、特集「脇役列伝」*1にて。
『黒薔薇昇天』の前半で岸田森が演じるブルーフィルムの監督はしきりに音声にこだわっている。動物の鳴き声、猫がミルクをぺろぺろ舐める音、歯医者で苦悶する若い女の声。録音された声をきっかけとして谷ナオミへとつながる。フィルムで2作を観て思ったのは、湿り気を帯びて少しくぐもった感じの音声の作り出す世界のことだった。確かに『四畳半襖の裏張り』は時間の描き方がすごかったり、『黒薔薇昇天』では滑稽さを通り越して息を呑むようなシーンが不意に出現したり、やっぱり神代辰巳の映画は本当に素晴らしいと思わせられるけれど、それよりも絶妙な唄や曲を含めた音声全般の作り出す味わいが印象的だった。これはビデオなどで観るよりも圧倒的な体験だった。
まあ、最高に好きだったのは『黒薔薇昇天』の一場面で、岸田森とタクシーを待つ谷ナオミが何気なく顔を掻きながら「助けてくれたの、あんさんですの?」(首を吊る谷ナオミ岸田森が助ける夢の中のようなシーンがある)と言い、岸田森は何も答えず、2人でタクシーに乗ろうとすると、タクシー反対側のドアから谷ナオミが出て行って、それを岸田森がそれを追いかけて……という。笑えるのに思わずため息が出るような……根源的な何かを目の当たりにしたかのごとき感覚である。

*1:鹿島茂著『甦る昭和脇役名画館』刊行記念の特集。