遡行

1日前に遡ろう。芝居を観に行くために外出してやっと帰ってきたところなのだから、昨日の出来事を記さねばならない。
夕方、池袋駅前で待ち合わせをしていた彼女に会うと、ちょっと前から一部で話題だった『ビッグイシュー』を販売しているとのこと。ホームレスが売っている雑誌のことだ。2人で池袋西武前に駆けつけると確かにホームレスが雑誌を抱えて佇んでいる。一部200円だったので購入する。
30ページほどの薄い雑誌だ。音楽、文化、生活などをトピックとしている。「日本版」と書いていることからも、おそらくオリジナルの翻訳などが含まれているのだろう。ぼくも彼女も拍子抜けだった。というのも、ホームレスに販売を委託するという前衛ぶりからして、内容的にもそういった前衛的なものがあるに違いないと期待していたからだ。巻頭のビョークへのインタビューはなかなかお買い得だったなと思ったが、他の部分は地方のミニコミ誌みたいな安っぽい感じがしてしまう。
けれども、今考えているとちょっと違う感想を持つようになった。それは巻末のホームレスの言葉を読んだせいもあるかもしれない。つまり、ホームレスに特殊性を期待していることがおかしいのではないかということだ。大阪の路上で『ビッグイシュー』を販売するひとりのホームレスの話には、早く会社員時代のような普通の生活に戻りたいという言葉があった。街で見かけるホームレスにはかなり特異な身体性の持ち主がいたりして、とかくぼくたちは特殊性を見出しがちである。そういうある種の偏見をどこかで飼い慣らしていたことが、『ビッグイシュー』に対する過剰な期待となってしまったのかと反省してしまった。
今後見かけることがあったら再び購入するに違いないが、おそらくこの雑誌に面白さがあるとしたら、新たな流通という側面やそこから生まれてくる派生的な面白さという部分だろう。アニメ界で新海誠の『ほしのこえ』が、同人界でTYPE-MOONの『月姫』が革命的な流通経路を切り開いたように。ぼくも映画雑誌を勝手につくって路上で売ってみようかなと少し本気で思ってしまった。