隠蔽されたもの

tido2004-04-20

矢田喜美雄『謀殺 下山事件』を読了した。
最初に刊行されたのが、1973年講談社によるものだったというのも象徴的だが、解説を書いているジャーナリスト和多田進の勧めで新風舎文庫の刊行に至ったというのも象徴的である。森達也の『下山事件』が2004年2月刊行、矢田喜美雄の『謀殺 下山事件』が2004年3月刊行、そして昨年の阿部和重シンセミア』なども似た文脈で考えられるだろうか。今も、下山事件に象徴される何ものかは終わっていないのだ。忘却癖がある日本人にとって、歴史の陰部を見つめなおすことは単なる懐古ではなくて、常に現在につながることである。
ロバート・ペン・ウォーレンの『オール・ザ・キングス・メン』や、ロバート・ロッセンによるその映画などもジャーナリズムによる「見つめること」が主題となっているが、ジャーナリズムの本質が「見つめること」、逆に言えば、「眼を背けないこと」だということは、『謀殺 下山事件』を読んでも強く伝わってくる。
GHQ、キャノン機関、共産主義者、右翼、赤色テロル…犯人探しはもちろんスリリングではあるけど、下山事件(や松川事件三鷹事件)の闇に人々が引きつけられるのは、そのような隠蔽構造自体に自らが親和性を持ち過ぎているからなのかもしれない。下山事件がなかったら、朝鮮戦争特需などによるその後の経済成長もなかっただろうし、日本は今頃某国のようなアカの国として凋落を迎えていたかもしれない。しかしそれとは別に、なぜこれほどまでに隠蔽の意識が働いているのかということが問題にされなければならない。警察は、具体的には捜査一課は、なぜすぐさま自殺として事件を処理しようとしたのか?捜査二課に圧力が働いたのはなぜか?司法解剖をめぐって当事者でない学者がなぜ科学的でない批判に熱心だったのか?与えられた事実を直視すれば、数え切れない疑問が浮かびあがってくる。にもかかわらず、疑問自体は隠蔽され曖昧さの中へ紛れ込まされるのである。
それは現在でも変わらない。あらゆる事件が曖昧なイメージのままに消費され、闇が直視されることはない。闇を直視することは、そのまま自分に跳ね返ってくるからだろう。現在、下山事件を見つめることが大切だと思うのは、当時よりも文脈が見やすくなっているからであり、隠蔽構造を生み出す意識の根源により迫りやすくなっているからだ。現在の日本やその中で暮らす自分自身も決して無縁ではない隠蔽意識を見つめるのは、当事者である以上、客観的に見つめにくいだろうし、見つめることで傷ついてしまうのを怖れているというのもあるだろう。だから、下山事件(に象徴されるもの)を見つめるというのはとても大切なことなのだと思う。
矢田喜美雄、松本清張、斎藤茂男、そして森達也と引き継がれる下山事件の追跡にぼくが引きつけられるのは、推理小説的なパズルへの興奮ではない。ぼくの興味は、彼らが「下山病」と称するほど事件の闇に引きつけられるプロセス自体への興味である。それは自分自身の闇への興味である。隠蔽されたものが何であろうと、それが解明されようがされまいが、本当はあまり関係ない。隠蔽を発動する意識がどのようにして浮かび上がるのかということ。それは、森達也が事件を綴る文章に一人称を用いたのと同じように、ぼく自身の問題である。
ジャーナリズムの「客観性」とは、自らの主観性に自覚的であることだと思う。そして、報道対象を通して自分自身にはね返ってくるものを見つめること、つまりそのような当事者の自分を惜しげもなくさらすこと。それは誰にとってもはね返ってくる主観性を内包しているという意味で、「客観性」と呼びうるのかもしれない。客観報道なるものを信じているマスコミの連中、あるいは自分自身の主観性から眼を背けているようなジャーナリストは本当に有害でしかない。
爆笑問題のススメ」に出演していた大橋巨泉は、自らのナイーヴさをさらしていて(キャラとしてではなく)、やはりこの人はテレビに出るということをちゃんと自覚しているのだなと思った。ラジオ→テレビの時代の人たちはそれぞれのメディア性を自覚していたに違いない。「創業者と二代目の関係」をぼくたちは常に自覚しなければならない。そこで何が隠蔽あるいは忘却されたのか…。