停滞とエロス

スピードとエロスといえば増村保造であるが、井口昇の『卍』にはスピードはない。かといって語り口が淀んでいるというわけでもなく、物語の運びは関西弁の語りを巧く用いつつ淡々と進む。ただし、ところどころで停滞としてのギャグであったりエロであったりが挿入されるわけである。そういうわけで、それほど原作から飛躍はなく、時代設定やキャスティングによって、より身近な『卍』として感じられた。
やはり大きいのは秋桜子と不二子という存在だろう。観音様のイメージにも重ねられる光子の役は不二子とほど遠いように感じられたが、井口昇の好みの問題なのかもしれないにせよ、秋桜子との絡みの中でしだいにミステリアスな光子らしさを体現してしていくように思えなくもなかった。なかなか濃厚なレズシーンも見物であった。それにしても野村宏伸はこういう役柄がぴったりである。ゆえに杉本彩と夫婦を演じた『花と蛇』の役は滑稽だったのだろう。