会話が生起する

tido2006-04-13

残念ながら『団鬼六 女教師縄地獄』は傑作とは言い難い。あまり中身がない。ロマンポルノ最多演出を誇るという西村昭五郎作品とはどうも相性が良くないようだ。確かに安定度は抜群であるが、秀でて輝くところがない。全体的に拙くても強く印象に残る部分がひとつでもあれば輝く場合はある。全作品を観ているわけではないので、西村昭五郎作品の中にも傑作と言うべきものがあるかもしれない。しかし、本作の麻吹淳子もそれほど美しく撮られているとは思えなかった。
『ガールフレンド』は瑞々しくて愛らしい映画である。これほどまでに関係性の揺らぎを捉えた映画が他にあるだろうか?
駆け出しのフリーカメラマンであるキョウコ(山田キヌヲ)と美容師の見習いであるミホ(河井青葉)。それぞれに悩みを抱えた2人。キョウコは男性誌の女性ヌード写真を撮るという仕事を1度寝た男(キョウコは酔っぱらうと男をセックスに誘ってしまうのにそのことを覚えていないという悪癖がある)から依頼される。街頭ナンパしつつも成功しない。自分のやりたいことを模索する「信念派」のキョウコの表情にもその仕事への迷いが見られる。そんな時、踏切でひとりの女の子とすれ違う。ミホは美容師の見習いという仕事をそこそこ楽しんでいて、ルームメイトたちとの関係もうまくいっているが、かつて自分と母を捨てたクソオヤジ(田口トモロヲ)への恨みが心の中に巣食っている。偶然、クソオヤジと再会するも彼はミホの顔を覚えていない。怒りと哀しみが入り交じった表情のミホ。そんなミホの表情に惹かれてキョウコは声をかける。
……というように最初の邂逅の場面を綴ってみたが、この映画の時系列は単線的ではない。すでにこの出会いが描かれる前に2人がラブホテルの中で会話しているシーンなどが挿入される。まさに冒頭も旅行の話をするミホをキョウコが撮影する場面である。繰り返されるシャッター音。ミホはしばらくしてつぶやく。「シャッターの音聴いてたら気持ち良くなってきた」
2人の撮影、そしてまさに「ガールフレンド」としか言いようがない関係性の描写が断片的に挿入されつつ、それぞれの日常の描写が流れていく。映画はそのような構成である。この流れは映画のサブタイトルになっている"Someone Please Stop The World"(「誰か地球を止めて」)と呼応するかのようであり、まるでその実現であるかのようなものとしてキョウコとミホの密室的な関係性があるのかもしれない。
キョウコによる無機質なシャッター音。カメラのその暴力的な側面は同時にキョウコ自身に跳ね返っている。台詞の一部からしかうかがうことはできないが、キョウコはかつて付き合っていた男との別れに傷を受けたのか、感情はもっぱら仕事にのみ捧げている。シャッター音にそれが宿る。ゆえに、対象への関心のなさ、それを無理に抑圧して関心があるかのように振る舞う様の痛々しさ。それもシャッター音に宿る。彼女と寝たこともあるセックスフレンド的(単なるセックスフレンドではない)なミミオ(渋川清彦)の台詞が的確に彼女の心理を描写する。
しかし、ミホとの時間は違う。「レズビアンごっこ」のようにラブホテルに入ってゆく2人は密室の中で互いの「傷」を口に出す。バスルームのドアを隔てて寝転がった2人は順番に自分の過去をつぶやく。この描写が絶妙である。無時間的な空間が出現する。キョウコは決意したにもかかわらず恥ずかしがるミホの前で自分も裸になってみせる。まるで写真を撮るアラーキーのように自らが被写体の視線を浴びて見せる。そんなキョウコもまた恥ずかしがっているが、それを受けたミホはゆっくりとヌードになりつつも、その後は何の準備もなく自ら被写体になって見せる。すでにシャッター音は無時間的な停滞を留めるための切ないシャッター音になっている、そう思える。それは「地球を止める」シャッター音なのだ。
撮影が終わり、ベッドの上で並んで寝そべって朝日をヌードで眺める2人。「このまま終わってもいいって感じ」とつぶやき涙を流すミホ。そっとキスする2人。このキスの切なさは、地球を止めるキスであると共に撮影が終わり2人の別れを予感させるものでもある。しかし、この後の台詞と2人の表情によって悲痛さがまったく消滅してしまうのが感動的だ。
キョウコ「心中する?」
ミホ「いいよ」
しばし間をおいて、明るい表情で朝日の方に顔を向ける2人。
キョウコ「死にたくなったら、いつでも言って」
映画のラスト。クソオヤジと正面から対決して、これといって何かが起こるわけではないがとりあえず「良かった」と思えたミホはクソオヤジとの「記念写真」をキョウコにメールする。新しい仕事(その強引な推進役を杉本彩が好演している)に進もうとするキョウコはミホに電話をかける。カメラはキョウコがゆっくりと歩く姿をとらえている。喋るキョウコの声と電話のミホの声が並列される演出。そこに流れるponyによるガーリーなBGM。「これから会える? いや、絶対会おう。ミホの意見が訊きたいんだ」そして電話のミホの声に耳を傾けるキョウコ。この時、ミホの声は演出上挿入されておらずキョウコにしか聞こえていない。ひまわり畑のそばを並んで歩くキョウコとミホ。思わず泣けてしまった。全編を通して鈴木一博の手持ちカメラによる撮影が素晴らしいのは言うまでもない。『ブロークバック・マウンテン』(これはこれでふつうに面白い映画である)などに感動を覚えるより、日本全国民は今すぐ『ガールフレンド』のDVDを借りて観るべきである。