美的SM&レズショー@まさご座

今回は遠征である。岐阜にあるストリップ小屋「まさご座」。12月1日〜10日まで特別興行として「美的SMメイダ」の公演が予定されていた。その公演にてゆの&京のあの演目(http://d.hatena.ne.jp/tido/20060609#p3)が違うコンビで再演されるという話を聞いたからには見逃すわけにいかない。
岐阜駅から徒歩15〜20分ぐらいの距離にあるまさご座は独特の佇まい。HPの地図を頭に入れて向ったわけだけど、迷ってしまった。小学校や住宅街が並ぶ場所にストリップ劇場があるんだろうかと半信半疑になってくるような風景。1時間ぐらいロスしたところでステージが始まってしまう頃だろうと焦って、やむをえず駅まで戻ってタクシーに乗ることにした。「まさご座って分かります?」と運転手に訊くと何の反応もなく、車を走らせ、あっという間に到着したのだった。そしてまさご座という空間が素晴らしかった。本当に住宅街の中に存在しているばかりか、中は土足厳禁、絨毯が張り巡らされた快適空間だった。
1日3ステージ。ぼくは初日の2ステージ目、3ステージ目を観た。1ステージ3時間半ほど。中にはすべてのステージを観ていた(約10時間)人もいて、でも、それが苦になるどころか居心地良く、またそう感じさせてくれる充実のステージだった。
さて、以下は演目の詳細について。奇数回と偶数回で演目に違いがあるので、それについても触れておく。美的SMのメンバーが6名。一条さゆり(二代目)、シーナ、美麗、春うらら、内山沙千佳、ゆの。加えて、2人の外国人(あるいはハーフ)ストリッパー麻玲&優璃。

まず一条さゆりとシーナの踊りがあり、少々の間の後、横シマの囚人服を着た5人がコミカルかつ脱力的なダンスで登場。寝転がったり、うろうろしたりしていると軍服姿の一条さゆりが登場。5人はピシッと並んで姿勢を正す、しばらくして一条さゆり退場。この後、浣腸ショーが行われる。2ステージ目は春うらら。3ステージ目は内山沙千佳。

  • 真性レズショー(麻玲&優璃)

方や豊満で方やスリムなプロポーションの外国人2人が行うショー。真性レズショーという名はついているものの、絡みはほとんどない。途中、サービスタイムみたいなのがあって、2人がそれぞれ客席に降りてきて、お客さんの膝の上に乗り、お触りさせていた。ぼくも2ステージ目は2列目で観ていたのでサービスタイムの恩恵にあずかった。ラストはオープンショー。

  • レズ&SM(一条さゆり&シーナ)

奇数回は、赤い着物の一条さゆりと青い着物のシーナが踊るところから始まり、やがてシーナが一条を緊縛する。天井の高いまさご座は、盆の上で吊ることができないので、舞台の奥で吊り上げていた。
偶数回は2つの演目に分かれている。一条さゆりのストリップとシーナの調教ショーである。ぼくは一目で二代目・一条さゆりの虜になった。情感たっぷりの演歌をバックに着物を脱ぎ、短刀を用いた官能を経て、自吊りに至るという流れに奇を衒ったものはない。表情、動作が素晴らしく官能的なのだ。指先、首の角度、着物の袖……それぞれの動作の流れ。見事なまでに音楽にも調和して、強い催涙作用が起こる。
神代辰巳のロマンポルノ『濡れた欲情』で一条さゆりという名を知っているぐらいだったけど、強く興味を覚えてしまった。チラシには1986年に「二代目・一条さゆり」を襲名と書いてある。あまり関係ないけど、今まさに、これを書きながら何気なく読んでいた吾妻ひでおの『やけくそ天使』に「一条さん直伝ロウソクショー」というネタが出て来た。何という偶然!

  • 自縛ショー(美麗)

ドレス姿で登場する美麗。間を重視した独特の世界観を形づくる踊り。容姿にも独特なものがある。そんな容姿ゆえにSとMをこなすのも分かる気がする。後半は自縛、自責め。ひとつのショーとしての完成度は高い。ただし、それゆえに生の舞台上で揺らぐ不確定要素は少なく、驚きは感じられない。しかし、フィナーレで喋っている美麗さんを見ていると、過剰な部分を多分に持ち合わせていることがうかがえたので、もっといろいろなショーをやれるんだろうなと思った。

  • 苛めて下さいショー(春うらら)

希望者が舞台にあがって踊り子さんを苛めることができる参加型ショー。シーナの調教ショーでは、希望者が調教してもらうという内容なので、その逆である。DX歌舞伎町などでも調教ショーは何度か観たことがあったけど、逆を観るのは初めてだった。こういった参加型ショーの場合、いちばん面白いのはやっぱり参加するお客さんの存在感だろう。人間って面白い。舞台慣れしている人もいるわけだけど、恥より欲望が勝って舞台にあがる決心をする人の面白さ。この日のショーではかなり高齢で耳も遠いご老人が、何かあるたびに無差別に手を挙げて舞台にあがって、場内を沸かせてくれた。よっぽど女の子の裸やストリップが好きなんだろうなぁ……と思わせられるばかりか、演劇に比べて舞台との距離が近い(物理的な意味と精神的な意味の両方)ストリップ劇場でのショーの楽しみ方を存分に味わい尽くしていて、正直羨ましかった。華奢で可愛い春うららちゃんが、そのおじいさんのとても優しい鞭を四つん這いで受けながら、感じているそぶりを見せつつも、自分たちの滑稽な姿を鏡で目の当たりにしてこらえきれず笑っている、そんな心温まる場面が印象的だった。

  • レズ&SM(内山沙千佳&ゆの)

初めての美的SM。思った以上にすべての演目に魅了され、すっかりファンになってしまった。でも、当初はこの演目のみを目当てにしていたし、実際にまたしても衝撃を受けた。
偶数ステージは「鏡」だった。6月の紅薔薇座のショーでゆの&京によって上演されたぼくにとって忘れることのできない舞台である。思えばあの体験が生の舞台の強度を初めて受けとめたといえるかもしれない。瞬間瞬間の鮮烈な記憶。満員電車に近いぐらいの密集率で立ち見をしていた劇場での空気感。音楽。照明の光。それらはとてつもなく強く印象づけられた。しかし、あの目眩を覚えるような体験の中では、記憶し切れていない部分もたくさんある*1。求めていたその舞台が半年ぶりに……。
今回は内山沙千佳&ゆのというコンビ。ゆの&京に関しては雰囲気や体格が似た鏡像関係が鮮明だった。特に少女的可愛らしさがハ−ドエロな行為を包み込み、切なさを強く喚起する。また、自分の分身と愛し合うという構成が、ぼくがエロマンガを通して培養してきた感性と激しく呼応する。少し前に永山薫の『エロマンガ・スタディーズ』を読んだ。素晴らしい本である。この本で指摘されている「ポスト・エヴァンゲリオン」としての『ブルー・ヘヴン』(しのざき嶺*2などは、まさに「鏡」とも共通するパトスが宿っていると思う。もっとも、こういったことは「鏡」を体験した後にずっと記憶を引きずる中であれこれ考えていたことであり、舞台を間近で体験した時はただただ圧倒され、震えるほど感動するしかなかった。
そして新生「鏡」。初日だったこともあり、ちょっともったいない段取り上のもたつきはあった。なんせ通常のストリップではありえない構成である。鏡の仕掛け、台詞と音楽のタイミング、その他もろもろ*3。1度仕切り直して、いよいよ始まる。前回、京ちゃんがやっていた女子高生をゆのちゃんが演じている。そして切ないオナニー。枠だけになった鏡から出てくるのは沙千佳ちゃん。いや、そういう印象じゃない。髪を結んでセーラー服を着て可愛らしくはあっても内山沙千佳嬢と京ちゃんとではまったく印象が違う。基本的構成は同じでも細部にも変化はあった。劇場の空間、台詞や曲など*4。しかし、それらよりも沙千佳さんの佇まい、独特の雰囲気、表情から生じる印象。それはまるで悪魔的*5であり、そういった意味では分身の鏡像関係よりも対照関係の方が鮮明になる。また、沙千佳さんがパイパンではないという点も、対照関係をより強めている。だからこそ、ラストの残酷さに説得力があるし、それゆえに後を引く印象になっている。前回の「鏡」の場合、ラストの後すぐに京ちゃん、ゆのちゃんのオープンショーがあった。だから「鏡」を含めて舞台全体の印象は明るく染め上げられた。つまり、新生「鏡」は改変にとどまらない、もうひとつのバージョンとして記憶されるべきだろう。ぼくはたぶん観に行けないけど、10日までこの公演は続いているし、5日まで(あっ、今日までか)は「鏡」も観られる。岐阜近辺に住んでいたら迷わず観に行くべし。
さて、内山沙千佳&ゆののすごさは「鏡」だけにとどまらない。奇数ステージは「SM赤ずきんちゃん」だった。これが素晴らしかった。2人の持ち味が存分に発揮されていて、笑いとエロから感動へと洪水に呑まれるかのように導かれた。沙千佳・赤ずきんとゆの・狼。森のおばあちゃんのところに向う赤ずきん。そこに現れた狼は赤ずきんに花を渡しておばあちゃんのところへ先回り。おばあちゃんの姿で赤ずきん待ち伏せ。お見舞いに来た赤ずきんはすぐにおばあちゃんの様子がおかしいのに気づいて、耳や尻尾から正体を見破る。ここまでの定番ストーリーをコミカルなサイレント劇とポップな音楽で楽しく見せてくれる。そして……赤ずきんはおばあちゃんを食べた悪い狼をお仕置きする。赤ずきんの持参したかごからは次々とSM道具が飛び出す。狼も狼だ。あまりにキュートな狼は何やら不敵な赤ずきんに許しを請うのだから。鞭打ち、ロウソク、アナル責め。ハードな責めが続く。容赦のない赤ずきん。太いディルドを狼のアナルとマンコにそれぞれ入れてグリッとひねり出す赤ずきんの姿にはぞくぞくさせるものがあった。声をあげて悶える狼。このハードな責めを通して赤ずきんの様子がわずかに変わる。SMを通して赤ずきんと狼の間にはひとつの関係が芽生える。それは愛と言っていいと思う。彼女らのSMはショーとしての見せる要素を多分に含んでいるにもかからず、そうではない過剰な部分も同時に感じさせる。だから、愛の芽生えに説得力があるのだろう。赤ずきんが、狼がおばあちゃんを食べたことを許してうなづく場面、もし展開に説得力がなければありえないと笑ってしまう場面に違いないのに、ぼくは、いやぼくだけでなくそれまで笑いながら盛り上がっていた他のお客さんも、真剣にそれを眺めてしまっていた。最後に赤ずきんはかごから首輪を取り出し、狼の首に付けると、ペットのようにして舞台を去って行くのだった。拍手喝采。おそるべし沙千佳&ゆの。

  • フィナーレ(美的SMメンバー総出演)

フィナーレはメンバー紹介とプレゼントとオープンショー。プレゼントは飲み物のサービス。「美的SMの飲み物といえば……」という一条さゆりの恒例トークの後、希望者に聖水が振る舞われる。ラストステージでは、フィナーレの後、メンバーが舞台上でお客さんを見送ってくれる。本当に楽しい1日だった。

*1:結局、使われていた音楽は自力で見つけられず、このブログをきっかけとしてゆのさん本人から教えてもらうという幸運に恵まれたのだった。

*2:ぼくは高校生の時に偶然、エロマンガというジャンルを区切っていない古本屋で何気なくこの漫画を買い、後の人生を大きく変えるほどの影響を受けた。

*3:初めて聞いて驚いたけど、ストリップ劇場の照明、音響、幕や盆などの舞台装置はすべてひとりの人がやっているそうである。複雑な構成だと大変なわけだ。

*4:絡みの場面での『キスを』の催涙作用といったら……

*5:ゆのさんは闇のマリアというような表現をしていた。